JUNK WORLD

■文




それは衝動的、に




くちづけ





重なった体温にぱちり、妖怪が瞬いた。
ほとんど無意識だったが、思わずそんな行動に出た瞬間、しまったと身を引いた少年は、目の前の妖怪の反応に、正直戸惑った。
何か口汚くののしって、悪ければ拳の一つでも飛んでくると思ったのだが。
いつもの大きな猫のごとくしゃがみこんだ金色の妖怪より、少し高い位置から、少年はそのあとの言葉を待った。
いくらなんでも、なかった事にしやしないだろう。
だが、妖怪を見下ろす少年の耳に届いたのは、予想を遥かに反れた言葉だった。

「・・・・なんだ、いまの」

馬鹿にするわけでもおちょくるわけでもなく、単なる質問。
本当に不思議そうな声音に、少年の方が混乱する。

「何って、キス・・・だろ?」

きす、と自らの言葉で行動を説明した途端、信じられないほど心臓が早くなった。
一瞬で大気が熱されたような感覚が体を包む。
きっと自分は今、恐ろしく情けない顔をしてる。
朱に染まった頬を隠すように、少年は両腕で顔を隠し、しゃがみこんだ。
なんて馬鹿な、浅はかな事を、と今更嘆いても仕方がない。
自分の唇には未だに、想像したよりずっと柔らかかったアレの感触が残っている。

「それは、何だ」

綺麗な金色の毛がさらりと揺れて、妖怪が首をかしげた事が知れる。
少年は真っ赤にした顔を、少し呆気に取られた表情に変えて、金色の妖怪を見上げた。

「・・・・しらねぇの?・・・あぁ、キス、じゃ今の言葉だもんな。じゃぁ何て言えばいいんだ?」

くちづけ?と呟いて、更に恥ずかしさが増した。
妖怪はますます解からないと言った風に、口をへの字にまげて見せた。

「・・・何お前、ホントにしらねーの?」

この言葉の意味を?この行動の意味を?
少年が呆れたように眉を寄せると、妖怪は不機嫌のきわみ、と言った表情を浮かべて、ぷいっとそっぽを向いてしまった。

「知ってらぁ馬鹿にすんな」

その口調があまりにも子供じみていて、思わず噴出しそうになる。
だがそのあとに続いた言葉を耳にした途端、少年の顔は引きつった。

「ちぃとばかし前に、ナガレにも同じことをされたなぁ」

あの時は、とにかく不快だったから何とも問わず殴り飛ばしたやったが、などと言う科白が、いかに少年を不快にさせるかも知らず、妖怪は笑う。
膨れた顔になる少年に、妖怪はますます、わけの解からないものを見るような視線を向けてきた。

「何だお前、そのツラは」

少し、不機嫌そうな声。
低いその問いかけに、少年は立ち上がった。
またもとの位置から、少しだけ下にある妖怪の顔を覗き込んだ。
それから、もう一度、

「やめろ」

唇を重ねようとすると、妖怪の長い指がさえぎるように伸びた。
その行動に、傷つく前に綺麗だと思ってしまった自分は、相当いかれている。
首をひねって顔を遠ざける。
けれども視線だけはこちらを向いて、さながら流し目のようなそれは、なんとも言えない艶がある。
妖怪の色も感触も動きも声も、全てが美しく妖艶だ。

「何だよ、嫌なのか」

頬の横に流れる金色の毛を一房つかんで、少年が言う。
妖怪は困ったように、少し言いよどんだ。
全く、この妖怪は、これらの一連の仕草を、全て自覚なしにやっているから手に負えない。
これが女だったら、世界中の男が目の色を変えて群がるだろう。
いや、そんな狂った目をコレに向けている大馬鹿者は、自分だけかもしれないけれど。

「うしお」

答えの代わりに、妖怪が呼んだ。
少しかれた低音。
少年は首をかしげて、続きを促す。

「おめぇ、なんか変だぞ?」

そんな事は今更だろう、と出かかった言葉を飲み込む。
肯定してしまえば、更に深みにはまってしまう自覚があった。

「とら」

いつか己で名づけた、妖怪の名前を呼ぶ。
妖怪は応えるようにかすかに目を細めた。
ざわりと背筋を走るものの正体は、知れない。
いや、知ってはいるが、知ってはいけない。
自覚してしまえばもう、取り返しがつかなくなる。

「本当におかしなガキだな」

妖怪の大きな手が、こちらに伸びる。
最悪の場合、死ぬ手前まで殴られそうな状況ではあるが、どうやら気分を害したわけではないようで、
節くれ立ったオトコクサイ指とは思えない流麗な動きで、頬を撫でられる。
その瞬間、少年の中でぷつりと何かが切れた。
妖怪の肩に額を押し付けて、いまだ鳴り止まない心音に目がくらみそうになりながら、息をついた。
妖怪がくくと喉で笑うのが解かる。
さらさらと滑り落ちてゆく毛の感触が、くすぐったい。

「ナガレのは気色悪かったが――――」

おめぇのはくすぐってぇな、うしお。
そんなことを言いながら、どうやら機嫌のいい妖怪の熱を頬に受ける。
いつもより格段に熱いそれは、多分妖怪の所為ではなく、自分の上気した頬の所為。
金色の毛に埋まる足先に、ぼんやりと目をやった。
そのさまに、いつの間にか絡めたられた、足も心も、もはや後戻りは不可能だと、悟る。

どうせ戻るつもりも、ないけれど。

「・・・意味、教えてやるよ。今度、」

決定的に、我慢が出来なくなったなら。

2010/05/12_うしおととら(くちづけ)

文才ないくせに、文字書きに憧れる。
読みづらくってスミマセン。

うしおととら、はじめてのちゅう(爆笑)編でした。
女の味は知っていても、キスは知らない大妖怪様。
愛情表現だの、好いたの惚れたの、そんな物に興味がないもの。
若干とらが「×」マークの右側っぽいですが、御愛嬌。
私が描くうしお、とらが好きすぎるんです。
・・・ま、おかしいのは、私なんですけれども。

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