夜中に、目が覚めた。
寝ていたと言うより、既に気絶の域だったようだ。
とりあえず少年は軋む体を気力だけで持ち上げる。
痛い。
だるい。
目眩がする。
もう全面的に不快だ。
「おい、とら」
すぐ隣で大口を開けて寝こけている金色の生き物に向けて、低い声を出す。
隣で人の動く気配がして、コイツが起きていないはずがない。
それでも未だイビキをかき続けるデカイ生物は、完全に無視を決めこむつもりだ。
妖怪の横柄な態度に、少年は眉を寄せる。
いつもなら槍の一つでも額にめり込ませてやるところだが、今は一刻も早くこの不快感をなんとかしたかった。
ふらふらと立ち上がると、形ばかり体にかけてあった毛布が滑り落ちる。
暗闇に浮かび上がる自分の体を眺め下ろし、少年は思わず顔をしかめた。
コイツは俺を道具か何かと勘違いしていないだろうか。
ふっと嫌な考えが脳裏をよぎる。
「いや・・・、いやいやいや」
求める方が無謀だ、溜め息と共に吐き出し、その辺に投げ散らかされたスエットを拾い上げて、風呂に向かった。
部屋を出る際、きっちり妖怪の耳を踏みつけることは忘れない。
少年自身、今のこの状況が何なのかと問われたとしても、明白な返答はできないだろう。
ただ、側にいる。
いつも、誰よりも、何よりも、一番近い場所にいる。
ただ、それだけだ。
蛇口を捻れば、まだ暖まり切っていない湯が、容赦なく降り注いでくる。
妖怪がめずらしがって壊れた、ガムテープで無理矢理修復したシャワーヘッドを掴んで、まだ熱の残る体を溶かすように、丹念に洗う。
ふと、細い首筋を撫でる指が止まった。
真新しい傷痕の感触。
恐らく、歯形がついている。
噛みきるつもりか、と以前は力任せに殴ってやったのだが、今は溜め息を落とすに止めた。
口では毎日のように脅しを吐く妖怪が、本気で殺しにくることはないのを知っている。
もっともそれは、こうなった夜に限ってのことだが。
乱暴で身勝手ではあるが、存外に、囁く言葉は甘かったりする。
案外あれはあれで、ロマンチストなのかもしれない。
多分、ロマンなどと言う言葉は知らないだろうが。
「アホだな」
本当に救いようがない。
徐々に温くなって行く湯に、睡魔がのそりと頭を垂れる。
少年はシャワーを止めると、足早に風呂場をあとにした。
体のだるさはもはや限界だったが、朝が来る前に部屋を掃除しておかねばならない。
部屋に戻ると、案の定金色のそれは目を覚ましており(元々狸寝入りではあったが)、ぼんやりと夜空に浮かんだ月を眺めていた。
「なぁ」
少年が呼び掛けると、ひどく億劫そうに振り返る。
反動でさらりと肩を滑り落ちた金色の毛が、綺麗だと思った。
「何でお前、殺さねーの?」
「・・・あぁ?」
いつもいつも馬鹿の一つ覚えのように、喰い殺してやるなどと脅しを吐くくせに、こんな夜、無防備に晒される首筋に落とされるのは、少し乱暴な愛撫だけだ。
少年の問い掛けに、金色の綺麗な生き物がニヤリと笑う。
背筋が凍るようなその笑みが、震わせたのはしかし、背筋ではなく身体のもっと奥にある、別のもの。
「お前が、ホンキで抵抗しねぇからだろ」
解りきったような顔で一言、妖怪は言って、また笑った。
全身を駆け巡る何とも形容し難い感覚に、自分が今だいぶ情けない表情をしている察しはついたが、それを認められるほど、少年は大人ではなかった。
「バ・・・ッカじゃねぇの、」
途切れ途切れに、憎まれ口を叩く。
触れてほしいなんて
そんなわけないだろう
けれどそれは声にならず、夜の空気に溶けて消えた。
この気持ちも全部、君の所為にする
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