はらり。
桜の花びらが目の前を通過する。
ふわり。
それが頬をなでたとき、記憶があふれ出してきた。まるで息を吹き返すように、血が巡るように、身体の隅々に行き渡る。
見開いた視界に、金色の影を見た。
「真由子?」
隣にいる母が不思議そうな顔をする。卒業証書の入った筒を両手に待ちながら、中学校の校門の前で記念撮影を行っていた少女は、ハッとして母を見上げた。
まゆこ。そうだ、私は井上真由子。
少女の桜色の唇が、かすかに戦慄く。
「真由子、どうした?ほら、こっち向いて笑って」
少し離れた場所で、カメラを構えた父が言う。
はらり。
桜の花びらが降り注ぐ。
少女は静かに微笑んだ。驚いたように、父がファインダーから顔を浮かす。眼鏡の奥の両目が、不安そうに揺らいで見えた。
少女の浮かべた微笑に混ざりこんだ面影は、明らかに幼い彼女のものではなかった。
悲しげに、全てを見知ったかのような顔で、少女は微笑んだ。そして、口を開く。
「ごめんなさい、お父さん、お母さん。私、とらちゃんのところに行かなくちゃ」
耳に馴染みのない名前に、母が首を傾げた。少女は証書を母に手渡すと、桜の道を駆け出した。
背後から、父と母の呼ぶ声が聞こえる。少女は振り向かない。
早く、早く。
行かなくては。
そう。あの金色の妖怪が、再び悲しい結末を迎えてしまう前に。
早く、早く。
見つけなくては。
そう。再び手遅れになってしまう前に。
吹き付ける風に、涙が出た。唇を噛み締めて、少女は走った。
何のための涙かは、解からなかった。
「今度こそ」
ああ。今度こそ。
彼らに幸せが訪れますように――――
幾度も輪廻を繰り返した。
けれど何度目覚めても、妖怪は人にはなれず、永遠に物の怪のままだった。
少年は幾度もその手を取りこぼし、少女は繰り返し悲しい結末だけを眺め続ける。
何のきっかけで、捩れたかは知らない。
歪んだ輪廻の輪の中で、少女は走る。果てしない距離を、必死に走る。
少年は目を覚ます。幾度も目を開く。何も知らないままに。
そして、妖怪は――――、
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